「先生のおかげで、合格しました」を真に受ける先生は2流講師

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「先生のおかげで、合格しました」を真に受ける先生は2流講師

まだ存在するのでしょうか。
先生のおかげで合格しました」を真に受ける先生は。

 

 

フレンドリーな先生が増えていますが、そうはいっても、先生と生徒は“師弟”の間柄です。

師の英知を吸収し、弟子は能力を高め強くなっていくわけですから、信頼関係で結ばれているのは今でも変わりありません。

ですから、合格した生徒は、作文に「先生のおかげで~」と書くのは当然のことかもしれません。

また、作文にはCMの要素があるので、なおさらでしょう。空気を読んでいいことを書きます。

 

 

それはそれでいいことだと思います。

 

 

 

しかし、問題なのは、それを真に受ける先生の存在です。

 

 

”私のおかげで受からせた”などと思っている先生はどうなんでしょうか。

 

“自分(先生)のおかげだ”と思うだけならいい。

最悪なのは、それを誇示し自分の存在感を高めようとする言動は、寒いなと思います。それは、教師のプライドでなく、虚栄心ではないかと。

 

もちろん、生徒も、先生のことを信頼しているのは嘘ではなりません。本気で「先生のおかげだ」と思っているでしょう。

 

しかし、それを真に受けていいというわけではない――今日は、そのこと示唆するエピソードをご紹介します。
ここに、勉強ができる子の理由が隠されています。

 


【実力派 世界史講師】

私の生徒で、慶應義塾大学文学部に合格した生徒がいます。初めて見た時から、非常にできる生徒でした。

 

そして、その生徒には姉がいました。姉は、輪をかけて優秀で、東大文1を軽々合格したそうです。

 

 

その姉にならって、同じ塾に高3の時に来たのですが、彼女の唯一の弱点が世界史。

 

ほとんど手を付けていなかったので、姉に「世界史の先生は誰がいい?」と相談したところ、A先生をすすめられたそうです。「A先生についていけば、間違いないから!と。

 

 

そのA先生――私は同僚だったので、よく知っているのですが、とにかく授業がいいことで有名でした。

 

御三家レベルの生徒が評判を聞きつけて、その学校のクラスができてしまうほどです。そして、話術にもたけており、雑談も面白い。

 

そんな、スーパー講師Aさんでしたが……彼にも唯一問題がありました。テキストが終わらないことです。雑談が過ぎるのです。

 

本当は、予備校講師として、あってはならないことです。評価も下がります。

 

しかし、それ以外が、素晴らしくいいので、契約は更新されるのですが、毎年、「今年は絶対に終わらせる」といいつつ、終わらせることができない先生でした。

 

 

なので、妹が「A先生の世界史を受講します」と言ってきたときは、それは素晴らしいと思いつつ、今年も終わらないのかな…と思ったものの、「それはいい。頑張っていこうな」と言ってしまいました。

 

 

そして、月日は流れていき、彼女はおごることなく、確実に努力していきました。

A判定連発で、盤石な状態でした。

 

 

しかし、彼女にも唯一、心配ごとがありました。それは世界史。

 

やはりというかなんというか、A先生の世界史が、通常授業が終わる11月になっても、現代史に届く気配がまったくありません。

 

そこで、A先生を師事して、東大に合格した姉に聞きました。「A先生の授業いいんだけど、終わりそうにない…」と。

 

 

すると、姉はこう言いました。

 

そういうもんなんだよ。」

それも笑顔で。

 

 

そうです。姉は「すべて織り込んで」対処していたのです。

・A先生の時代の流れをおさえた講義、計算された雑談は自分に有益だと思っていた。
・でも、どうやら終わりそうにない。
・しかし、それに対し、クレームをつけることはしない。

 

 

要は、先生を活用しつつ、自分で打開策を講じていたのです。

 

 

終わらないというのは問題です。糾弾されても仕方がないのですが、それはしない。

A先生の講義は有益だからです。

 

 

つまり、先生はあくまで、合格の“要素”に過ぎず、大切なのは「自分がどう生かすか」にかかっているということです。

 

 

 

 

合格という事実は、「先生と生徒の共同作業」というのが一番近いでしょう。

 

先生の頭脳を、そのまま生徒にインストールできません。生徒が、他人の力を借りながら、自分で知を構築していくのが勉強ですし、そもそも、先生は試験を受けられません。

 

だから、“私のおかげ”と思い込む先生は2流です。

 

 

「合格してもらうための準備はしています。結果は、それを吸収した生徒さんの努力のおかげです。」くらいではないでしょうか。

料理をオーダーしたら、それが出てくる。「希望のパスタが出てきて、本当に感謝です」とはならない。

受験指導も同じでしょう。

 

 

自分の講義によって、一人でも多くの生徒さんが、合格のきっかけになるよう精進していく。これが先生のあるべき姿ではないかなと思います。

 

自尊心を肥えさせるために、生徒を使ってはいけません。

 

そんなクールで仕事人の先生大募集です。

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